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『…吉田さんが本書で貫いている理念や哲学は、かの20世紀最大の経済学者であるジョン・メナード・ケインズが彼の絶筆「わが若き日の信念(My Early Beliefs)」で書いている一節に合致しますね…』と。 安岡正篤著「活字としての東洋思想 人はいかに生きるべきか」(PHP文庫刊)が紹介する一節です。曰く、 「…あのケインズなんかもそうです。ケインズの絶筆『わが若き日の信念』のなかに、われわれには"It is much more important how to be rather than how to do."如何に成すべきか、ということより、如何にあるべきか、ということのほうが大事だと言っている…。」(傍線筆者引用) 爾来、私はドライバー教育の際は申すに及ばず、社団法人広島県安全運転管理協議会「法定講習」専任講師として講義活動をする中で、必ずこのケインズの言葉を引用しています。ドライバー教育に例をとれば、この言葉の意味するものは次の如くなるでしょう。 「how to do⇒how to drive(well)⇒(上手に)運転をする」に対して、 「how to be⇒how to be (a good driver)⇒(善良な)運転者になる」です。 ちなみに、この思想に類するものとして、拙著で私は一貫して、安全運転の原点を「スキル(運転技術)」より「ウィル(心がけ・意志)」が大事だと主張しています。社会問題になっているドライバーの飲酒運転防止対策が良い例ですが、これは断じて"how to do"が解決する問題ではあり得ません。罰金刑や免許停止処分といった"how to do"では自他供に飲酒運転は止められません。自身の運転技術を過信し、酒に滅法強いと自惚れ、少々飲んでいてもハンドルは狂わない、とうそぶく輩がその元凶です。 一方、"how to be(a good driver)"(良き運転者)を目指す者は、飲酒運転は反社会的行為だから断じて飲んだら乗らない、と自覚する良き人間性の持ち主です。運転の上手下手には全く関係の無いドライバーズ・マインドです。"How to play golf well" よりも、"How to be a good mannered golfer"のほうが断然、紳士のスポーツに相応しいゴルファーであることは明確です。常識ある人間の「心がけ」の問題です。 小手先の技術よりも、それに携わる者の心掛けが良くなかったら、技術もついてはきません。小手先の技術よりも、それに携わる者の心掛けが良くなかったら、技術もついてはこない、という図式です。「モノづくりは人づくり」です。ケインズ絶筆のこの一節に早くから出会っていたならば、拙著にそのことを書いていただろうに、と悔やまれます。 |
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彼と久々に会った時に、彼が見せてくれたのです。思わず「これだ!!!」と叫びました。かねてより培ってきている安全運転哲学との整合性を感じるからです。偉人に観られる哲学に通じる重厚感ある「語録」でそれはあるでしょう! 甥の山下に言わせれば、「指揮者がオーケストラの奏者の音楽的意思を尊重することなしに、指揮者の一方的な意思でドライブ(無理強い)するのではなく、奏者の意思を尊重しながら、その能動的な力を最大限に発揮させて、結果的に指揮者の意思を実現する。」というのがカラヤンから教えられた意味だ、と。 ところで、叔父の立場で恐縮ですが、その甥・山下一史の業績の一端を紹介します。彼は1986年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会で、急病のカラヤンの代役として急遽、ジーパン姿のまま「第九」を指揮し、大きな写真記事とともに話題となりました。私の地元広島では、年末恒例の「第九ひろしま」を今年末で3年連続の指揮になります。 ちなみに、その甥は私の4歳上の姉がドクターストップにも関わらず、自身の生命を賭して、あたかも神さまの導きに従って、といった気持で生んだ一人っ子です。原爆症とその手術で生命の危険を何度も彷徨いながらも、満80歳で存命している彼女です。広島市の原爆記念館に彼女の「脱毛した髪の毛」が展示されています。その一人っ子の山下一史は、あたかも何かを託されてこの世に生を受けて活動している人物と思われます。 前職トラック運送事業経営の32年間(その間、交通加害死亡事故ゼロを達成!)と、現在の新会社を通じて行ってきているトラックドライバー研修や経営者向け講演等々の15年間で、通算47年間にも及ぶドライバー教育の実績で到達したのが、現在の私の「安全運転教育哲学」です。カラヤンのこの言葉は、その私の安全運転哲学に一層の説明責任を果たす要因となるでしょう。 「"how to do⇒how to drive well" よりも"how to be⇒how to be a good driver"が大事」とする提言は、すべての職業人に通じる処世哲学として提唱する私ですが、この「ドライブするな、キャリーしろ」は極めて類似する理念として早速に提言活動に導入しています。 とりわけ、"drive"(運転)と"carry"(運ぶ)は、私が本業とする運送企業労使に対する提言活動に直結する言葉です。荷主の貴重な貨物を掲載した「トラックを"drive"する」のではなく、「荷主さんの心とその貨物の役割を"carry"するのだ」と。「心を運ぶ」という心掛けです。"how to do"より "how to be"を、 "skill"より "will"を、"drive"から "carry"への発想の転換が求められるものとして、これら一連の整合性を体感する昨今です。 |
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