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- 見た目主義社会の到来(カテゴリー: デブとさようなら)
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見た目主義社会の到来
「家柄主義社会」。すなわち、家柄や身分がファースト・ラベルになる社会だ。
身分制度が固定化されていた江戸時代まではもちろん、明治維新をすぎても、士族や家族という身分は遣され、
家柄主義は受け継がれた。
名門に生まれ育ったのか、名もない家に生まれ育ったのかという出自は、その人間の価値を表わす最も信頼に足る基準とされた。
本家に生まれたのか、分家なのか。長男か、次男・三男か。正妻の子か、妾腹か。
それはそのまま、その人間の評価だけでなく、生き方も決定づけた。
事実、家柄の良い子どもは、良い教育環境できちんと育てられることが多かった。
見た目主義社会の到来
人にはいろんな看板がある。学歴以外にも家柄や仕事、見た目や実績、過去のスキャンダルだって看板としては有効だ。
しかし一番上にある看板は、常にその時代でも「もっとも重要な情報」である。
学歴社会では出身大学がその人のファースト・ラベルになるし、企業社会では所属会社や部署がファースト・ラベルになる。
ファースト・ラベルは、あとあとその人間に対する認識の土台になる。
その後、どんなにその人物に関するデータが増えようと、それはファースト・ラベルに軸足を置いたままの修正になる。
では、学歴主義社会以前はどうだったか。
見た目主義社会の到来
つい30年前まで、日本は「学歴主義社会」だった。中卒か、高卒か、大卒か。どこの大学なのか。
学歴は、その人を客観的に評価する最も信頼に足る基準とされた。女性も、結婚相手の学歴を重要視した。
それが、生活レベルに直結するからだけではない。学歴が高い人は低い人より有能であり、志も高く、
近辺で真面目な人間であり、父親としてふさわしく、結果として「将来有望」と考えられたからだ。
学歴は一人の人間の一生を左右する判断基準そのものであった。
このように、ある時代でもっともメジャーな価値観にそった格付け情報を「ファースト・ラベルというのは「一番上の看板」という意味だ。
見た目主義社会の到来
私たちが知らぬ間に日本社会は大きく変わりつつある。その最大の変化が「見た目・印象」を重視する「見た目主義社会」への移行だ。
単に「最近はイケメンばっかりもてはやされる」とか「若い人は見た目がすべてみたいだな」とか、そういう表層的な変化ではない。
ビジネスや経済の最大要因にすらなりうる変化なのだ。私たちが住むこの社会にいま、どんな変化がおきているのか?
現在、我々が無意識に考えているよりもはるかに、社会における「見た目の印象」の重要性があがっている。
これを仮に「見た目主義社会」と呼ぼう。「美人は得する」とはよく言うが、これは女性だけの問題ではない。
男性に対する評価も「見た目の印象」が大きな要因になっているのだ。この変化は、10年ほど前から加速度的に進行しはじめた。
見た目主義社会の到来
とまぁ、このような事実列記からはじめたけど、美人やイケメンを褒め称えることではない。
美人やイケメンを雇ってひと儲けしようというビジネスのすすめでもない。こういう社会現象が明らかに増えている、ということ。
「見た目」が今後経済動向の鍵になっていく、という流れをまず確認しなければ、この先の話が進められない。
テーマは「やせること」である。なぜやせるのかというと「やせてないため損をしている」からであり、
「やせるだけでこんなにメリットがある」「これから先、やせてないともっと損をする」という理由だ。
でも、あんまりみんな「やせることのメリット」「太っていることのデメリット」を理解していないんじゃないか?
なんとなく「やせなくちゃいけない」「そろそろ本気でダイエットを考えなくちゃ」と、そんな気分でいるんじゃないだろうか?
